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【仏教式脱うつ思考を鍛える】完璧主義は捨てよ。

  • 4月 6, 2021
  • 11月 19, 2021
  • 仏教

 

こんにちは!コキリです。

 

タイトルにもある

「仏教式脱うつ思考を鍛える」

とは

うつの闇にどっぷりつかって
ネガティブな思考しかできなくなっているところに

仏教の教えを使って
脱うつの方向へと
考え方をシフトさせていくことです。

 

 

仏教の教えは心を広げ、「苦しい」以外の感情が入る隙間を作っていきます。
心が広がるとだんだんと「明るい気持ち」や「希望」や「前向きな考え」が入ってくるようになります。

 

 

といっても何も難しいことはありません。
あなたのすることは
この記事を読むこと。それだけです。

 

読むだけで自然と
仏教式脱うつ思考
が鍛えられるようになっています。

 

 

では、ここから仏教式脱うつ思考を鍛えていきます。↓↓↓

 

うつ病には、なりやすい性格というものがあります。

その1つが「完璧主義

なんでも、完ぺきにやらないと気が済まない。

昔の私がまさにこれでした。

 

この完璧主義という性格がうつを長引かせた大きな要因の1つだったと思っています。

 

仏教には
中道(ちゅうどう)
という教えがあります。

 

なんでも両極端にかたよるのはよくない
という意味です。

 

完璧主義というのは
まさに100を目指す考え方。
私の場合、100がダメなら0でいい。
というほんとうに両極端な考えを持っていました。
この考えが苦しみを生みだしていました。

 

今日の教えは中道を目指せ。

両極端な考え(完璧主義)は捨てよというお話です。

本を読んだあとの完璧な習慣

開いた本たちの画像

 

私の趣味の1つに読書がある。

とにかく本を読むのが好きで、特に小説が大好きだ。

 

それはいいのだが、私には大学生の頃、本を読んだあとに必ずやらなければならない習慣があった。

それは、「題名、作者、出版社、出版年月日、値段、心に残ったフレーズ」をノートにメモすることだ。

このノートは私の心強い相談相手で、悩んだときに開き、そこにある言葉に励まされた。

だけど、書き忘れるとイライラした。

本を読んだらノートに記録する、という自分の作ったルールが守れないとイライラするのだ。

 

 

そもそもこの習慣を始めた理由は、読んだ本の内容を忘れるのが嫌だからだった。

折角読んだのに忘れてしまってはもったいないし、損だ。

だから、いつでも思い出せるようにメモし始めたのだ。

 

 

いちいちメモするのが面倒くさいときは、読んだ本をためておいて、一気に書いた。

 

メモするのが面倒くさ過ぎて、読んだ本が机の上にタワーのように重なっていることもしばしばだったが、

「本を読んだらノートに題名、作者、出版社、出版年月日、値段、心に残ったフレーズメモする」

という自分で決めたルールはどれだけしんどくても守って来た。

 

特に「心に残ったフレーズ」に関しては、たくさんあっても絞ることができず、全てを一字一句漏らさずにメモしていた。

 

0か100か

オセロの写真

 

このルールのせいで、本を読むのが嫌になることはなかったが、

「ああ、ノートにメモるの面倒くさい」

と思っていたのは確かだ。

 

そこで私が考えたことは

「いっそやめてしまおうか」

だった。

 

当時、私の頭はいつも黒か白の両極端に動いた。

 

例えば本の題名と心に残った1フレーズだけにすればいいんじゃないかという考えは浮かばなかった。

0か100かのどちらかの選択肢しかなかったのだ。

 

「本を読んだあとにメモする」というルールを守るだけでなく、大学のレポートも完璧にしたかったし、部活動(空手部)も完璧にやりたかった。

完璧にできないくらいならやめてしまいたかった。

 

うつ病発症と共に考えを改めざるを得なくなった

落ち込む男性の画像

 

しかしながら、大学3回生でうつ病と診断されたあとから、ほとんどすべてのことが完璧とは程遠くなってしまった。

 

大学は1ヶ月近く休み、部活もアルバイトも休み、一気に生活自体が崩れてしまったのだ。

 

 

そんなある日、ネットでうつ病について調べているとき、「うつになりやすい性格」というのがヒットした。

「真面目、融通が利かない、完璧主義、几帳面、気を遣いすぎるetc」

私はドキンとした。

何だか、どれも自分に当てはまっている気がした。

 

それに、うつで動けなくなったこと自体、自分のこれまでの在り方が間違っている証拠だという気がした。

100から60へ

明るい雲の写真

 

うつ病で動けなくなって一気に0になるより、普段の生活を60くらいに設定してみてはどうか。

100を目指すのをやめるのだ。

こんな風に思ってみても、なかなか変わることはできなかった。

気付くとすぐに100を目指して頑張ってしまっていた。

 

そんな私が、まずやってみたことが、

「本を読んだあとにメモする」

を100から60にすることだった。

 

内容を忘れないようにメモすること自体はすごくいいのだ。

問題は、そのやり方だった。

 

それまでは、

「題名、作者、出版社、出版年月日、心に残ったフレーズ全て」

をメモしていたのを、

「題名と作者、心に残ったフレーズ1つだけ」

をメモすることに変えたのだ。

 

今思えばすごく些細なことのように思えるが、当時の私にはかなり思い切ったことだった。

それまでの習慣を改めるということは簡単ではない。

私にとって本を読んだあとに完璧なノートを作ることは自分に課したルールであり、そのルールを変えること自体が苦しかったのだ。

 

だけど、思い切ってやってみると、すっごくラクだった。というか、今まで何のために本の値段までメモっていたのか分からなくなった。もし知りたいなら、題名があればすぐに調べられるのに。

「脱うつ」も60を目指そう

 

完ぺきを目指すと、目的がずれ、訳の分からない迷路にはまり込んでしまう。脱うつのために何か取り組んでいる人も、はじめは60を目指すくらいでちょうどいい

 

難しいのは自分でも気が付かないうちに、完璧主義に陥っていることだ。

特に、もともと完璧主義的傾向のある人は、知らぬ間に100を目指そうとしている。

あれ?
気付かないうちに、

なんかめちゃくちゃ完璧にやろうとしてた

ってことがあると思う。

 

料理も掃除も仕事も、ダイエットも、脱うつ計画もなんか全部完璧にやりたくなってしまうのだ。

 

だから、完璧主義に陥りやすい人は、気付いた時点で思い切ってゴールを60に設定してみてほしい。

 

100ではなく60くらいを目指す。
100まで到達できなくても「もう0でいいや」と辞めてしまわない。

これが大切だ。

脱うつを目指している方へ

ここまでお読みいただきありがとうございました。

 

もちろんうつ病の人、みんなが完璧主義というわけではありません。

だけど、思い当たることがある人も多いと思います。

 

もしも、自分は100を目指しがちだなと思ったら、少しゆるめてみてください。

 

今日の教えは中道を目指せ

 

中道(ちゅうどう)とは
両極端をやめよ
ということです。

 

まずは、自分の習慣を見直すところから始めてみてください。

 

では、今回はこのへんで。

 

 

本格的に「仏教式脱うつ思考」を鍛えたい方

こちらも参考にしてください↓

何度も読んで仏教式脱うつ思考を鍛える10 の教え|コキリ:脱うつ仏教|note

 

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