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絶望と希望の詩

このまま苦しむか死ぬしかないと思っていた時代が確かにあった

 

こんにちは!コキリです。

 

いきなりですが、私は死ぬのが怖いです。

だから自殺しようとか、死のうとか思ったことはなかったし、思うこともないと思っていました。

 

それがうつになったとき、初めて、

この苦しさが続くなら生きていたくない

と思いました。

 

これは、私にとっては青天の霹靂でした。

自分が、死ぬことを考えるなんて。

 

うつで苦しいときは、

死ぬの怖い

っていう気持ちより、

もうこの苦しさから逃れたい

って気持ちのほうが大きくなったのです。

 

 

さて、当時は

まで考えた私ですが、

初めてうつの症状が出てから10数年、今は、

生きてるって素晴らしい

と心から思っています。

 

生きるのって

楽しいし、

気持ちいい

って感じます。

 

もう今は完全に

死から生へと

興味が移行してしまっています。

 

一時は自殺まで考えた私の意識が生きる方向へと移ったのは
心に希望の入り込む隙間があったからだと思います。

ちなみにこの隙間は誰にでもあります。
死から生へ。

今日のお話、始めます。

小2のとき「死」への恐怖が始まった

カラスの画像

 

私はまだ幼かったころから死ぬのが怖かった。

正確には小学2年生くらいから、この「死」に対する恐怖は始まった。

 

きっかけは忘れてしまったが、小2のときに自分が死ぬことを知ったのだ。

それまでにも飼っていた金魚やひよこが死んだことはあったが、

「自分が死ぬ」

ということには思い至っていなかった。

 

自分が死ぬことを知ったあとは、居ても立っても居られなくなった。

すごく怖くなった私は、父に相談した。

「私もいつか死ぬの?」

と尋ねると、父は、

「みんないつか死ぬよ」

と教えてくれた。

この父の言葉で「自分の死」が確信に変わり、そのときから、夜、布団に入ったときなどに死ぬことを考えると恐怖に襲われた。

 

私の実家はお寺だから、お坊さんの祖父に

「死んだらどうなるの?」

と聞いてみたこともある。

祖父は、

「死んだら〇〇(忘れた)って場所に行くんだよ」

と教えてくれた。

場所は忘れてしまったけど(←おいっ)、とにかく死んでも行く場所があるらしい。

 

だけど、祖父の言葉で私の死に対する恐怖が消えたわけではなかった。

私はやっぱり、死ぬのが怖くて、1人うじうじと悩み続けていた。

 

それは大人になってからも変わらなかった。

大人になったらいろんなことが怖くなくなると思っていたのに、そんなことはなく、ちゃんと死ぬのが怖いままだった。

 

大学生のときには、いろんな本で「死」について勉強した。

 

死んだら天国に行くとか地獄に行くとか輪廻転生で生まれ変わるとか、死んだらそれで終わりとか、いろんな意見を読み聞きしてきた。

 

だけど私にはそのいろんな死んだあとのことがどれも信じられなかった。

 

信じられたらいいのにとは思っていたけれど、本を読んでみても、大学の先生の話を聞いてみても、どうしても「人は死ぬ」というところまでしか信じられなかった。

 

そのあとどうなるかは、分からないとしか言えなかった。

 

何か大きなものに寄りかかりたい気持ちもあった。

それが思想なのか、宗教なのか、人なのか、本なのか、他の何かなのか分からない。

何かを信じることができたら「死への恐怖」から解放されるのではないかと思った。

しかし、信じよう、と思って信じられるワケもなく、結局「死への恐怖」を持て余したままだった。

死への恐怖から脱したうつ病期

海辺に立つ女性

 

そんな私が、初めて、ある意味「死への恐怖」を克服した瞬間がある。

 

当時大学3回生。

うつ病発症したての頃だ。

 

交通事故から本格的なうつになってしまい、毎日寮の布団の中で過ごしていた。

 

事故直後はまだよかった。

頭の痛み(額を15針縫った)と顔の腫れで何も考えられなかったから。

 

胸のほうがおかしくなったのは、そろそろ授業に出られるかなと思い始めたときだった。

頭の中が「苦しい」という言葉で覆われ、苦しい以外は考えられなくなってしまったのだ。

 

周りから色が消えた。

面白い物語が面白くなくなり、おいしい寮食がおいしくなくなった。

 

うつの闇が私の中のプラスの感情を完全に覆い隠してしまった。

 

苦しい時間が永遠に続くように感じて、

そのことが何より苦しかった。

 

この頃初めて、この苦しさがずっと続くなら生きていたくないと思った。

積極的に死にたい訳ではなく、生きていたくないのだ。

 

このときまで頭に自殺が浮かんだことは1度もなかった。

死ぬほど辛いなら逃げるのもありだと思っていた。

死んだら家族や友達が悲しむとも思っていた。

 

だけど逃げられない苦しみがそこにはあった。

苦しみが影のように後ろをついて来るのだ。

 

私は、

「死ぬっていう方法もあるよ」

と自分に言った。

 

そう言うことで少し楽になることに気が付いた。

 

だから何度も、

「死んでもいいよ」

と自分に向かって言った。

こうやって死を自分に近づけることで生きようとした。

 

死んでもいいのだ。

そう思うと胸の重りが少し軽くなった。

 

このとき、私を悩ませている

「死ぬのが怖い」

という感覚はなくなっていた。

 

苦しさにもがいているとき、死は恐怖の対象ではなく、自分を苦しさから救ってくれるものに変わっていた。

 

私は、まさに、

苦しむか死ぬか

という選択を突き付けられていた。

他に選択肢はないように思えた。

 

「楽しい&気持ちいい」で過ごす脱うつ後

犬を抱いている画像

 

苦しむか、死ぬかの絶望の淵にいた私が、なぜ今はこんなに幸せいっぱいに生きているのか。

 

それは、苦しみに身も心も覆い尽くされているときも、やっぱりどこかに希望の入り込む隙間があったからだと思う

 

 

希望ってうつの苦しさで見えなくなってしまうが
実は全然なくなっていない。
ちゃんとある。
そのことにふとした瞬間に気付いたのだ。

 

まずはうつ病って希望を隠してしまう病気なんだ。
見えなくなっているだけでちゃんとあるんだということを知ってほしい。

 

 

脱うつ後の私は
楽しく
気持ちよく
日々の幸せを感じながら
生きている。

 

 

今、こういう生活があるのは、

苦しみ or 死

しかないと思えたときも、希望の入り込む隙を許していたからだ。

そして、私だけではなくてみんなこの隙間を持っている。

気付いたときに分かるのだ。

第3の選択肢

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

この記事を書いたのは、あなたに、

「苦しみ or 死」  以外の選択肢に気付いてほしかったからです。

苦しいときにも、通って来るすきま風に目を向けてみてください。

 

ちなみにこの記事のサムネイル画像にもなっているこれは、うつで苦しんでいた25歳のときに私が書いたものです。↓↓↓

 

絶望と希望の詩

 

絶望と希望の狭間で苦しんでいたのが分かります。

 

では、今日はこのへんで。

 

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管理人の小説

『苦しみを吸い取る少女、ナラ』

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