無料メルマガにて「仏教式脱うつ病情報」発信中!

プロフィール

 

こんにちは!

コキリと申します。

 

この記事では、自己紹介として、10 年以上うつ病に苦しめられてきた私が、仏教式メソッド 書く力で、うつから脱却した話をします。

 

「書く力」によって、

・自分を深く知り、内面から苦しさを取り除く。

さらには1歩進み、

・自分がどうなりたいかが分かる。

 

就職→うつで辞める」を7回繰り返した私が、今では起業して好きなことをして生活しています

そのことがまず、信じられません。

 

さらに1番よかったことは、日常的に幸せを感じられるようになったことです。

 

うつ病全盛期は本当に酷い有り様でした。

・息しているだけで苦しい

・ゆううつでやる気が起きない

・将来どうなるんだろう

・結婚もできないのかな

・周りがみんな敵に見える

希望なんてないじゃん、死んだほうがましなのかな

 

こんな状態を、何度も繰り返していました。

いや、本当に苦しかった。

だけど、書く力を実践したことで全てが変わりました。本当に。

 

中でも

生まれてからこれまでの感情を全て書き出す

というのを実践したときは、衝撃でした。

 

「じいちゃんと、潮干狩りに行って楽しかった」

「正座してお経読むの大嫌いだった」(実家はお寺)

「タラコ唇をバカにされて悲しかった」

など、過去の出来事と感情を思い出し、1つずつ記して行きました。

 

大変な作業でした。

書きながら泣き出したり、途中で放り出したり、なかなか前に進みませんでした。

ファーストフード店で、1人泣きじゃくなりながら作業したこともあります。

周りからの視線も気にせず、ひたすら自分の世界に没頭しました。

 

書き終えたらすっきりしました。

ずっと泣けていなかったから、泣けたことでもラクになりました。

 

生まれてからの感情を全て書き出すのに、1ヶ月半かかりました。

ノート2冊半になりました。

 

 

結果、素晴らしい気付きがありました。

 

何だかんだ、自分は恵まれているなあということに気付いたのです。

家族に愛されてきたし、旅行にもたくさん連れて行ってもらったり、大学まで出させてもらったり。

 

もちろん、そんなことそれまでだって知っていたはずなのですが、本当に、リアルに実感したのです。

 

もう1つ。

私にはずっと許せなかった人がいました。

その人に対して、

憎い憎い憎い

ムカつく

裏切られた

とばかり思っていたのですが、

 

自分の過去と向き合ったあと、初めて、

もしかしたら、その人も苦しかったのかもしれない」

ということに思いが至りました。

 

これは私にとっては青天の霹靂でした。

一生憎いままだと思っていたのに、そんな気持ちが生まれるとは夢にも思いませんでした。

そのことで、心がすごくラクになりました。

 

そのときのノートはこちらです。↓↓↓

感情を書き出したノート

25年分の感情を書き切ったノートたち

 

 

このように、書く課題を1つずつこなしていくことで、うつが改善していきました。

 

もし、何を試してもうつがよくならない、人生が上向きにならないという方には、この記事はすごく役立つ内容になっています。

読み終わる頃には、きっと自分の中で何かが変わっている筈です。

 

それでは、コキリの自己紹介物語をスタートします。

大学合格したにもかかわらず、胸に強い苦しみ

悲しい, 意気消沈した, うつ病, 悲しみ, 若いです, 人, ストレス

 

高校3年生、必死に受験勉強に取り組み、ようやく念願の大学に合格するも、何故か胸に強い苦しみを感じた。

 

それまでの生活で「苦しい」なんて言葉を発したことがなかった私にとって、衝撃的な出来事だった。

合格して嬉しいはずなのに、なぜ苦しいのか。

自分を分析してみると、実家を離れて県外の大学に行くことが不安だった。

県外に行くくらいでこんなに不安を感じるなんて、私はすごく「弱い人間」なのではないかと思い、余計苦しくなった。

 

このときはまだ、自分がうつ病とは気が付いていなかった。

「うつ病」という言葉すら浮かばなかった。

 

このときは、父や塾の先生に相談したことで少しよくなった。

さらに、大学寮に入って友達ができたことでほぼ、回復。

「強くなること」で変われると信じ、空手部に入部した。

大学3回生時、親の離婚をきっかけに再び苦しくなる

女の子, 悲しみ, 孤独, 悲しい, うつ病, だけで, 不幸です, 苦しみ

 

大学に入学して2年くらいは、「強くなること」を1番の目標にし、寮の役員や、部活、授業、アルバイトなどに励んだ。

 

しかし、3回生時に、両親が離婚。

 

頭では「よくあること、大丈夫」と思いながらも、心がおかしくなった。

大学合格時に感じた「苦しさ」が再び蘇ってきた。

 

とにかく焦った私は、何かしなきゃと思い、思い付いた方法が足を動かすことだった。

 

ひたすら大学のある高知県の田舎を歩いたり、山梨で山中の大学に通う兄に会いに行き、大自然の中に身を置くことで、少し回復した。

 

このころは、とにかく動くことで苦しさを胸から追い出そうとしていた

1ヶ月後、交通事故により本格的にうつ発症

救急車, 医学, 病院, 保健医療, 急性期管理, マシン, サービス, 救急車

 

それからわずか1ヶ月後、私は救急車の中にいた。

 

先輩と友達と3人で遊びに行った帰りに、事故に遭ったのだ。

額を15針縫った。しばらくは、体の痛みで動けなかった。

手術後は顔がパンパンに腫れて、漫画みたいだった。

 

胸がおかしくなったのは、体が少し回復して、思考が戻ってきた頃。

頭では

「事故は仕方なかった、すぐによくなる」

と思っていたはずなのに、胸が苦しい。

本当に苦しい。

苦しくて何も手につかない。

 

は?
ナニコレ?

 

いよいよおかしいと思った私は、初めて精神科の門をくぐった。

そこで「うつ病」と診断される。

 

服薬を開始した。

トイレにすらなかなか行けない状態が続いた。

苦しい苦しい苦しい。

大好きな漫画を読んでも、寮食を食べても、友達と話しても、苦しいままだった。

 

楽しいことが楽しくない、おいしいものがおいしくない、面白いものが面白くない、だからこそ苦しいのだと知った。

 

10キロ近く痩せた。

授業も1ヶ月以上休んでしまった。

 

なんで、こんなに苦しまないといけないのか。

人生に絶望しかけるも、服薬と長い休息と、大学の先生や友人の励ましで、何とか大学に復帰

大学の先生の計らいで、単位も落とさずに済んだ。

3か月後には再発

 

大学に復帰して、3ヶ月

 

交通事故のあとほど、ドーンと落ちることはなかったが、軽いうつを繰り返すようになった。

何となくやる気がでない、布団から起きられない、楽しくない。

 

まだ、頭が働いていたので、このころ、ネットや本でうつ病について調べまくった

そして、うつ病は脳の病気だが、まだよく分かっていない部分も多いということが分かった。

 

治療法としては、休養、薬、精神療法、運動、朝日等が主だとのこと。

また、うつになりやすい性格というのもあるそうだ。

真面目で融通が利かないなど、自分に当てはまる気がした。

 

そこで、私は、性格改造をやってみた。

自分を縛っているルールを見つけ、少しずつゆるめていった。

また、完璧を求めないようにした。

 

しかし、完治することはなく、軽いうつの波を繰り返し続けた。

薬を持参し、夢だった海外生活を叶えるため、中国、コロンビアへ

航空機, 日没, シルエット, 雲, 空, 夕暮れ, ミステリー, 飛行機

 

ギリギリの状態で何とか大学を卒業し、

「海外生活&教師」

という夢を叶えるため、準備を開始。

 

うつを抱えながら、実現できるか不安だったが、今行かないと一生、後悔する気がした。

そこで主治医に相談。

はじめは難色を示したが、最終的には、私の熱意を受け入れてくれ、本当はダメなのに薬をたくさん出してくれた。

 

こうしていざ、中国へ。

日本語教師として働き出すも、しばらくして、不安だったうつがひどくなってきた

服薬して回復、また落ちる、回復する、また苦しくなるを繰り返した。

 

こんな状態だったにもかかわらず、私の海外生活欲は止まらなかった。

2年を中国で過ごした後、違う国も見てみたい欲求が抑えられず、南米、コロンビアへ。

半年をやはり日本語教師として生活したが、お決まりのうつ悪化。

地球の裏側で苦しみもだえる。

 

なんとなく、海外へ行けば、環境をガラッと変えれば、辛い現実から逃げられる気がしていたが、そんなことはないと痛感した。

 

いくら環境を変えても、苦しさを生み出す自分が変わらない限り、うつは治らないんだろうと悟った瞬間だった。自分からは逃げられないのだ。

 

苦しさはどこまでも付いてきた。

海外まで逃げてもうつは治らなかった。さらに東京で「仕事を得る→うつで辞める」を7回繰り返す

 

さて、コロンビアでの生活を終え、成田空港へ降り立った私は、10日間ほどを浅草のゲストハウスで過ごした。のんびり過ごした。行けるときに散歩したり、ゲストハウスにいる外国人と雑談したり。

そうこうしているうちに、東京の雑多な雰囲気を気に入り、地元の徳島に帰ることはせず、ここで仕事を探すことにした。

 

ここから、現在まで続く東京生活が始まるが、就職→うつで辞めるを7回繰り返してしまった。

 

その間、経験した仕事がこちら。

知的障害者施設のスタッフ

ドーナツ工場アルバイト

火鍋のお店夜勤

中華食堂ホール兼通訳

日本語家庭教師

百貨店の免税カウンター

カフェの中国語スタッフ

 

はじめはやるき満々なのだが、数か月経つと、体と心が言うことを聞かなくなった。

それでも我慢して仕事に行き、いよいよ起き上がれない状態になるまで働き続け、そこでパタッと電池切れ。

「すみません、うつで動けないんです」

と同僚や上司に連絡し、辞めることになってしまった。今思えば、本当に迷惑だったと思う。

 

しかしながら、実は、中華食堂で働き始めてからの2年半は、うつが重症化しなかった

2年半もの間、あのとてつもない苦しさに襲われることはなかったのだ。(軽い波はあったが)

 

もしやこのまま治るのではないかと喜んで、調子に乗った私は、百貨店の免税カウンターで掛け持ちで仕事を始めた。

 

それから半年が経ったころ、思わぬことがわが身に起こる。

難病「膠原病SLE」を発症。さらにうつも重症化。絶望する。

 

顔に赤い発疹が出始める。

気になって皮膚科に行ったところ、医者から膠原病内科を紹介される。

 

色んな検査をした結果、難病の「膠原病SLE」と診断される。

免疫が敵ではなく自分の細胞を攻撃してしまう病気らしい。

そこで免疫抑制やくを飲み始めた。

軽症なので、日常生活は普通に送れるとのことだった。

 

しかし、ショックだった。思った以上にショックだった。

「風邪引かないこと」

「紫外線浴びないこと」

「疲れすぎないこと」

「子ども産んだら悪化するかも」

 

医者から告げられた言葉が、頭から離れなくなった。

ああ、私はもう海に行けないんだ。紫外線浴びれないもんな。

子ども、1人くらい産みたいな。

1人ならいけるかな。

いろんなことを、考えては、人生を悲観した。

 

そして、難病になったことでショックを受ける私に、追い打ちをかけるように、2年半重症化していなかったうつがやってくる。

 

絶望した。

「仏教式メソッド 書く力」と出会う

ペパーミント, 薬用植物, 薬効があるハーブ, ミント, ティーハーブ

 

リストカットに走ったり、恐ろしい妄想や衝動に悩まされていた私は、ネットサーフィンをしているときに、とあるサイトを見つける。

 

それは、「書くことで救われる」いうものだった。

 

はい?
こんなに苦しいのに
書くくらいで救われるわけないじゃん。

 

お金もかかるし、今まで何をやってもダメだったのに、書いたくらいでうつが良くなるとは思えない。

 

それに、何だか怖い。

 

私はそのページを閉じる。

「書く力」とは自分と徹底的に向き合い苦しみを取り除くことだと知る

 

やはり、どこか気になっていた私は、サイト運営者の先生のブログを覗いてみる。

 

ブログによると、「書くこと」で自分と深く向き合い、根本的に、内側からアプローチするのだということだった。

 

 

「書くこと」によって

・自分と徹底的に向き合い、内側から苦しさを取り除く

・なりたい自分を知り、そこに向かって行動する

 

また、先生は仏教に造詣が深く、仏教の考えを背景に生み出されたメソッドだということだ。

ブログによると、
「仏教は本質的には宗教ではない。神様はいないのだから。(仏はもとは人間)
仏教とは人間が現世での苦しみをいかにとるかという考え方のこと」

とのこと。

私自身、実家がお寺で、仏教に慣れ親しんで来たから、益々興味を持った。

先生にメールを送ってみる

電子メール, キーボード, コンピューター, メール, で, カーソル, 手

 

勇気を出して、サイト運営者の先生にメールを送ってみた。

メールだけならタダだし、気になることを気になるままにしておくのがイヤだったのだ。

 

気になっていた、うつ病の人にも効果があるのか聞いてみた。

 

先生からは

生徒さんの中にも一定数、うつ病の人がいる

と丁寧な返信が来た。

 

先生が言うには、うつの人はもともと真面目で、物事を継続する力に優れているし、自分の内側と向き合い、深く感じることが得意だから、ポテンシャルが高いとのこと。

 

なるほどと思い、さらに興味を持った私だが、友達に相談すると、騙されたり、洗脳されたりするんじゃないかと心配され、1歩を踏み出せずにいた。

勇気を出して「書く力」の世界へ飛び込んでみる

 

その間も、私はうつ地獄の中で、「自殺」すら視野に入る毎日を送っていた。
このまま、苦しみながら人生を終えるんだろうか。

 

 

嫌だ、
嫌だ
嫌だ

 

 

そんなとき、先生のセミナーが開催されることを知った。
このセミナーに行けば先生に直接会える。
もっと詳しく話が聞ける。

しかし、このときの私は仕事を辞めていてお金もなく、セミナー費や交通費さえも出すのが惜しかった。

 

 

だけど、動かないと何も変わらない。

何よりもこのまま苦しみ続けたくない。

ついに、私の運命が動き出す。

 

 

会ってみると、物腰柔らかそうなおじさんという印象だったが、どこか近寄りがたい雰囲気が感じられた。
そして、先生の話はまるで異次元だった。
人生がぶっ飛んでいたのだ。

 

 

詳しくは書けないが、信じられない経験とそれを乗り切ってきた知恵。
人間のことを深く深く掘り下げ、そこから編み出したメソッド。
たくさんの人の人生を変えて来たという事実。

 

 

だけど、実績よりも、1番すごいなと思ったのは、先生から醸し出される雰囲気だった。

優しいけど威厳がある。

近寄りがたいような、でもこの人と関わっていきたいと思わせるような雰囲気。

 

で、先生いわく、
「人は自分と向き合うことが怖い。だから逃げたり、ごまかしたりしてしまう。私は書いて自分自身と深く向き合って、人生の希望を取り戻した生徒たちをたくさん見て来た。うつを改善した人も多くいる。他のやり方がうまくいかなかったなら、試してみる価値は大いにあると思う」

とのこと。

 

メソッドの背景には仏教があるとのことだったが、宗教的な勧誘をされることも全くなく(その後も一切なかった)、あくまで仏教の考えを使って作り出したメソッドだということだった。

 

これはあとから聞いたことだが、先生が言うには、
「苦しいのは苦しみに執着しているから」

 

人は苦しみに執着しているうちはずっと苦しい。
書くことで自分の苦しい感情から、1歩離れてみる。
冷静に見つめてみる。

自分と距離をとるのが上手になってくると、自分の苦しみの外へと目が向いて来る。

視野を自分→家族、親しい人→友人→知り合い→職場→社会→世界→宇宙へと広げていく。

視野が広がると心が広がる。心が広がると苦しくなくなる。

 

書いているうちに目を背けたくなるような嫌な自分が出て来ることもある。
そこから逃げずに向き合っていくと、苦しみが内側から浄化されていく。

とのことだ。

 

書くことなら私にもできそうだ。
だけど、お金を払って挑戦して、また失敗したらどうしよう。
うつが改善しなかったらどうしよう。

 

 

だけど、これまで、何をやってもうつは改善しなかったのだから、今さら失敗は怖くないと思い切り「書く力」のメソッドををやってみることにした。

 

専用のノートを準備し、先生から出される課題をこなしていった。

 

はじめこそ、順調だったものの、難しい課題に直面すると逃げたくなった。自分と向き合うことが怖かった。

 

たくさん泣いた。

なんども、放り出した。

だけど、そのたびに食らい付いた。

 

いつの間にか、夢中になっている自分がいた。

うつが大幅に改善し、日常で幸せを感じるように

女性, 幸福, 日の出, シルエット, ドレス, ビーチ, 自由, 呼吸, 喜び

 

それから1年。

「書くこと」=「自分と深く向き合った」ことで、苦しさの原因や本質が分かり、心が広がっていき本当に脱うつしてしまった。

 

実践した課題の1部を紹介すると、

 

・毎日の感情と思考を書く

→自分を知るにはもってこい。だんだんネガティブな思考パターンを修正できるようになる。

・どん底まで落ちた自分の姿を想像して書き出す

→逃げずにどん底を見つめることで逆に安心できる。知らないから怖い。

・自分を苦しめているルールを探し、書き出す

→即、やめよう。

苦しむことのメリットを書く

→どんなことにもプラス面がある。うつ病になったからこそ得られたこともあると知った。

等々。

 

自分ってこうだったんだ。

ああ、だから苦しいんだ。

とゆっくり時間をかけて、知って行った。

苦しさを内側から浄化して行った。

 

脱うつして何よりよかったことは、日常の中で幸せを感じられるようになったことだ。

それが1番の喜びだ。

 

なりたい自分の姿も分かり、そちらに向かって歩みだした。

うつに限らず、自らの問題が明確になり、解決に向かった。

 

そして、世の中、希望に溢れてるじゃん!と心から思うようになった。

 

もし、あのとき勇気を出して飛び込まなかったら、今もうつ病と難病に挟まれて、部屋の中で1人、負のオーラを発しながら過ごしていたと思う。

 

もう、ダメだ、希望なんてないじゃん」と人生を諦めかけていた。

 

だから、変われたことに、自分が1番驚いている。

 

他にも、書く力のメソッドを実践して、こんな変化があった。

・過去を癒せた

・ずっと許せていなかった人を許せた

・物事を客観視できるようになった

・泣けるようになった

・心から笑えるようになった

・自分のことがよく分かるようになった

・病気を受け入れられた

・感謝できるようになった

・恵まれている部分に気付けた

・人のために何かしたくなった

・人生で大切にしたいことが分かった

等々。

起業し、自分の好きなことで生活するように

 

さらに、私は起業し、自分の好きなことで生活を始めた。

具体的には、整体と中国語の事業を行っている。↓↓

 

コキリの整体施術写真

コキリが中国語で日本語を教えている写真

 

自分ととことん向き合うと、大切にしたいことや、本当にやりたいことも見えてきたのだ。

脱うつ病コミュニティを立ち上げる

 

さらに、「脱・うつ病」を目指すコミュニティを立ち上げた。

 

コミュニティは2本柱を軸に運営している。

Ⅰ うつ病当事者(+コキリ)との交流
Ⅱ 「仏教式脱うつメソッド 書く力」で脱うつを目指す

 

うつ病についての知識や症状などを共有でき、当事者しか分からない辛さを吐き出すことができる。そこにコキリが加わり脱うつ思考へと導いていく。

 

落ち込みが軽くなった、少しやる気が出て来た、など報告し合うことで互いにいい影響を与える。

 

「書く力」の課題や、自分の現状について、いつでもコキリに相談できる。

 

その結果、うつが軽くなり、人生がいい方に向かい出したという喜びの声を聞くことができている。

今、うつ病に悩まされている方へ

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

あなたは今、うつに苦しんでいて、何をやっても改善しないと悩んでいるかもしれません。

絶望しているかもしれません。

少し前の私がそうだったように。

 

そんな、今苦しんでいる人のために、このサイトを運営しています。

希望はないんじゃなくて、見えなくなっているだけです。

見えないだけで、ちゃんとあります。

 

「仏教式脱うつ病情報」を受け取れる無料メルマガ

>無料メルマガ発行中!

無料メルマガ発行中!

なぜコキリは11年も苦しんだうつから脱却できたのか。「仏教式脱うつ病情報」が受け取れるメールマガジン配信中です。

CTR IMG