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真っ暗な洋館の写真

うつ病最盛期に私がやらかした黒歴史TOP5

 

こんにちは!コキリです。

 

 

うつ病全盛期、苦しさで周りが全く見えなくなっていたとき、私はかなり悲惨なことをやらかしました。

 

 

今思い出すと、恥ずかしさと申し訳なさで胸がやられそうになります。

だけど、当時は苦しさのあまり、やってしまった行動でした。

 

 

今日はうつ病期の私の黒歴史を、ランキング形式でお話します。

あなたも同じ道を歩まないように、ぜひ参考にしてみてください。

では、黒歴史TOP5、始めます。

第5位  寮の友達や先生に苦しいと言いまくる

メガホンで叫ぶ女性

 

うつ病になっとき、まず思ったことは「恥ずかしい、誰にも知られたくない」だった。

だから、私は必死に隠そうとした。

当時、大学生で女子寮に住んでいたから隠すのはかなり難しかったが、廊下で誰かに会うと平気なフリをした。

ずっと布団の中で過ごしていたから、ルームメイトの後輩はさすがに何かおかしいことに気付いていたと思うが、何も言わないでいてくれた。

 

 

しばらくして症状が少しよくなってくると、私の気持ちに変化が現れた。「うつ病になって恥ずかしい」から

この苦しさを分かってほしい」に変わってきたのだ。

 

 

私は寮の友達、母、部活の後輩、大学の先生などに、

「うつで本当に苦しいんです」

と言いまくった。

みんな同情してくれ、

「大変だね、ゆっくり休んでね」

と言ってくれた。

 

 

だけど、話している間に、

「ごめん、しんどくなってきた」

と言われたことがあって、ハッとした。

 

 

彼女は寮の友達だったが感受性が強いのかうつ的傾向があるのか、私の話をダイレクトに受け取りショックを受けていた。

彼女の様子を見て、私は反省した。自分の苦しみが伝染してほしくない。

人によっては話を聞くだけで、辛いのだ。

 

 

うつの話を聞くだけで苦しくなる人がいることをこのとき知った。

 

 

 

人に話すことで楽になる自分を感じていた。

誰かに聞いてほしいという欲求を満たしたかった。

だけどそのために友達を傷つけてしまった。

 

 

 

反省した。

 

 

 

もちろん苦しさを吐き出すのは悪いことではない。

むしろ、吐き出すべきだ。

 

 

だけど、相手は選ばないといけない。

誰彼かまわず話すと、思いがけず傷つけてしまうことがある、と知った。

第4位 就職&やめるを7回繰り返す

2014年、私はコロンビアでの日本語教師の仕事を終え、東京に降り立った。

 

 

初仕事は、泊まっていたゲストハウスの清掃だった。

もともと10日間の宿をとっていたのだが、オーナーから、「1日3時間ベッドメイクや清掃の仕事をしてくれたらタダで泊めてあげるよ」と言われ、ありがたくやらせてもらうことにした。

 

 

 

その間に、きちんと東京に腰を下ろすための仕事を探した。

見つけたのは元々興味のあった障害者作業所のスタッフの仕事で、住まいもシェアハウスに移し、通勤用の自転車も購入し、順調だった。

 

 

 

しかし就職してわずか7ヶ月、椎間板ヘルニアからのうつ病重症化で折角見つけた仕事を辞めてしまった。

 

 

 

うつになると色んなことがどうでもよくなってしまう。

自暴自棄気味になり、

 

 

もう、どうにでもなれ。

私は一生うつ病から逃れられないんだ。

 

 

 

と思い、全てを放り出してしまうのだ。

 

 

 

しばらくして症状がよくなると、やっぱり頑張らなきゃという前向きな気持ちが出てきてまた就職するのだが、結局数か月から数年でうつが重症化し、辞めてしまった。

 

 

 

ちなみに、うつで辞めてきた仕事がこちら。↓

障害者作業所のスタッフ

ドーナツ工場アルバイト

火鍋のお店夜勤

中華食堂ホール兼通訳

日本語家庭教師

百貨店の免税カウンター

レストランの中国語スタッフ

 

 

最短記録は1番最後の「レストランの中国語スタッフ」で、わずか1日だった。気合を入れて1日目をやり切ったのだが、気合を入れすぎたのか次の日から寝込んでしまい、次の出勤日(3日後)にはひどいうつ状態で動くことができなかった。

 

 

 

「就職&うつで辞める」を繰り返して、何よりマイナスだったのは自信を喪失してしまったことだ。

 

 

ああ、またダメになってしまった、ダメ人間だ。

もう、まともな仕事になんて就けないんじゃないか。

どうやって生きていったらいいんだ。

 

 

こんな風に絶望してしまった。

当時は今みたいに、「自分で情報発信をする」という発想もなかったので「就職できない=生きていけない」と思ってしまった。

第3位 大切なアルバムをビリビリに破る

破れたハート

百貨店の免税カウンターの仕事をうつで辞めた2018年、当時住んでいたシェアハウスの一室で、私は1人うつうつと布団の中で過ごしていた。

 

 

うつが悪化して何日か経ったとき、何故かすごくイライラすることに気が付いた。

イライラが体の内側からフツフツと湧いてきて抑えられない。

うつのときにイライラすることはこれまでもあったけど、ここまでではなかった。

 

 

何を思ったか、本棚から大事にしていたアルバムを抜き出し、それをビリビリに引き裂いた。

何だかすごく自分の顔が醜い気がして、顔の部分をグチャグチャにした。

アルバムの残骸を目の前に、自分の中にある怒りの存在に気が付いた。

それは恐ろしいパワーを持っているように感じた。

 

 

 

うつが内側に沈んでいくのに対し、怒りは外へ外へと出たがった。

コンビニに入ると商品を壊したい衝動に駆られ、本屋に行くと本を破りたい衝動に駆られた。

いっそ実行して警察に捕まったほうがラクなのではないか、とさえ思った。

 

 

 

怖い

私は爆発するかもしれない

どうしよう

怖い、怖い

 

 

 

今思い出したら、相当やばい精神状態だったと思う。

のちに自分と向き合って「怒り」の正体が分かってからは、物を壊すことはなくなった。

 

 

もう2度とあの状態には戻りたくない。

 

 

 

ちなみに、そのとき、破ったアルバムがこちら。↓

破ったアルバムの写真

 

第2位 抗うつ薬を勝手にやめて発狂する

薬の写真

 

これもうつで沈んでいた2018年、友達から、

「俺もうつだったけど薬が嫌で、頑張って断薬したよ」

という話を聞いた。

 

 

 

断薬という言葉を聞いて、試してみる価値があるかもしれないと思った。

その時点で既に9年も飲んでいた薬が実際にどの程度効いているのか知りたかったし、この辺で1度薬の飲み方を見直してみてもいいのかもしれないと思った。

 

 

 

だけどその友達から、

「断薬は離脱症状が出るし、1度じゃ上手くいかなかった」

と聞いて迷った。

 

 

 

離脱症状を調べてみると、

「薬物やアルコールなどの嗜好品を中止や減量した際に生じる様々な身体的、精神的症状のこと」

とある。

様々な症状とは、不安、イライラ、幻覚、めまい、吐き気、しびれ等、人によって異なるということだ。

 

 

 

 

悩んだけれど、何か新しいことを試してみたいという気持ちもあり、断薬を実行することにした。

このとき、えいっと一気に飲んでいた薬を全てやめてしまった。

 

 

飲んでいた薬とは、

サインバルタ 60mg
アモキサン 50mg
ロラゼパム 1.5mg

だ。

 

 

 

 

離脱症状らしきものは、すぐに現れた。

体が震え、軽い吐き気がした。

全身がかゆくなり、腰痛が始まった。

 

 

 

次の日にはひどい頭痛がし、首が痛くなった。

そして、涙腺が壊れた。

 

村上春樹の小説を読みながら、ボロボロと泣いた。

別に悲しい訳でもないのに、涙が止まらなかった。

 

 

 

 

断薬から3日目。

苦しさのあまり、カミソリで手首と腕を切って枕カバーを裂いた

シャシャ(飼い猫)を守らなきゃと強く思い、同時に誰か私を守ってと思った。

体が勝手に動き出しそうな感覚に襲われた。

外に出ると、体が勝手に電車に飛び込んでしまいそうだった。

 

 

 

苦しさから、母にラインした。

「もう無理かもしれん」

と送るとすぐに電話が掛かってきた。

スマートフォンがブーッと震える音が怖くて、とれなかった。

 

 

 

母に、

「電話恐ろしいけん、やめて」

とメッセージを送ると、

「わかった。無理っていうけんびっくりした」

と返ってきた。

 

断薬中なのを知っている母は、

「やっぱり薬飲み、飲んだほうがええよ」

と言ってきた。

 

 

 

 

母からのメッセージを見ると少し気持ちがゆるんだ。

その言葉に支えられて、同時に苦しさに耐えられなくなり、抗うつ薬と抗不安薬を飲んだ。

飲んでしばらくすると少し落ち着いてきて眠ることができた。

 

 

 

それからは、真面目に処方された薬を飲んでだいぶ落ち着くことができた。

 

 

 

抗うつ薬は徐々にゆっくり減らさないといけない。

知らなかったわけではなかったが、自暴自棄気味だった私は、えいっと一気にやめてしまった。

 

 

 

そして思い知った。
急にやめると大変なことになると。

 

参考にしてください。

 

 

 

ちなみに、そのとき裂いた枕カバーがこちら。↓

落ち着いてからちゃんと写真におさめてました。

 

切り裂かれた枕カバー

第1位 リストカットの跡を撮って母や友達に送る

ナイフの写真

 

これも、2018年のことだ。(2018年真っ黒だな 笑)

東京のシェアハウスの一室で1人うつうつしていたとき、何年もしていなかったリストカット(アームカット)を再開した。

 

 

 

カミソリで腕や手首を切ると、はじめは何も感じない。

しばらく待つと赤い筋が浮かび上がりようやく痛みを感じ、その痛みで少し心の苦しさが楽になる。

 

 

 

出掛けるときも、リュックにカミソリを入れていた。

出掛け先で切ることはほとんどなかったけど、カミソリを持ち歩くことで安心できた。

 

 

 

そしてまた何を思ったか、リストカットした箇所をスマートフォンで撮り、母や仲のいい友達に送った

母からは、

「痛そう」

と言われ、幼馴染からは、

「体を傷つけてほしくない。けど少しでも落ち着くなら無理に止めん。ただ深く傷つけると痕が残ってしまうけん気をつけてな」

とメッセージが返ってきた。

 

 

 

これには正気に戻ったときに、自己嫌悪に陥った。

誰がリストカットの写真など見たいか。

一体、何を考えているのか。

 

 

 

そのときは、ひたすら誰かに苦しいことを分かってほしい一心だった。

1人で苦しみたくない。

私がここで苦しんでいることに気付いてほしい。

その気持ちでやってしまった。

うつは重症化する前に食い止めろ

以上が、コキリのうつ病黒歴史TOP5でした。

 

 

うつで苦しいときは、何とか苦しさを和らげようととんでもない行動に走ってしまうことがあります。

それ自体は、ある意味仕方ないかもしれません。

 

 

重要なのは、ここまでうつが重症化する前に食い止めることです。

また、心に希望を入れるコツを身に付けることです。

 

 

 

それでは、お読みいただきありがとうございました。

 

 

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