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なったことがない人にうつの苦しさは分からない

こんにちは!コキリです。

 

今日はコミュニティの重要性についてお伝えします。

 

大学生のとき、私はうつ病を発症しました。

そのとき、まず思ったことは恥ずかしい、誰にも知られたくない」でした。うつになった自分が弱くて情けない気がしていました。

 

そこで私の取った選択は、1人で戦うことでした。誰にも知られないまま、もとの自分に戻りたかったのです。

 

しかし、失敗しました。1人でうつを治すことはできず、結局、病院や寮の友達、部活のメンバー、母などたくさんの人の力を借りることになりました。

 

そうしているうちに、だんだんと「うつ病になって恥ずかしい」という気持ちは薄れていき、「この苦しみを誰かに分かってほしい」と思うようになりました。

 

私は信頼している友達や先生に話しました。自分の状況を、うつの苦しさを。だけど彼らから言われたことは、「苦しいんだろうなとは思うけど、何がどう苦しいのかは分からない」でした。仕方ないとは思うものの、やはりどこか悲しかったです。

 

なったことのない人にうつ病の苦しさは分かりません私もなる前は分かりませんでした。

 

だからこそ、うつ病の人同士で繋がれるコミュニティが必要だと思うのです。

今日はそのことをお伝えします。

 

苦しいこと、誰にも知られたくなかった

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大学3回生のとき、両親が離婚した。

それに伴い、胸にどうしようもない苦しさを感じた。

それは胸に何か詰まったような居ても立っても居られないような苦しさだった。

大好きな漫画を読んでも、友達と話しても苦しいのは消えてくれなかった。

 

「親の離婚くらい平気」

と自分に言い聞かせれば聞かせるほど苦しさは強くなった。

 

この絶望すら感じさせる苦しさは何なのか?

このときはまだ、自分がうつ病だということに気が付いていなかった。うつ病という言葉すら浮かばなかった。 

 

「苦しい、どうしよう、どうしよう、どうしよう」

解決方法が分からず、ひたすらもがいた。

 

このことは誰にも相談したくなかった。親の離婚くらいでこんな風になるのは恥ずかしくて情けないと思った。だから1人で戦うことにした。

 

私がやったことは、足を動かすことだった。どうしてそうしようと思ったのか分からなかったが、とにかく歩きたかった。歩いて疲れたかった。足を動かすことで苦しみを追い出そうとした。

 

そしてそれなりに効果もあった。

1歩1歩、足の歩みに神経を集中させ、何も考えないようにすると、少し楽になった。

本格的にうつ発症

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こうして数か月が過ぎたころ、思いもよらないことが起こる。

 

私は救急車の中にいた。事故に遇ったのだ。

おでこを15針縫うケガをした。頭が割れるように痛く、麻酔の影響で顔がパンパンに腫れた。

 

体の痛みがおさまり、頭で「事故はしゃーなかった」と言い聞かせていたころ、心のほうがおかしくなった。

また、あの胸の苦しさが襲ってきたのだ。

 

「また来た。おかしい」

いよいよおかしいと思い始めた私は、初めて精神科の門をくぐった。そこで「うつ病」と診断された。

 

それから、苦しさのどん底を経験した。

授業に出られないどころか、トイレ、シャワー、食事、全てがだめになった。

起きると苦しいことを思い出すから、寝ていることしかできなくなった。(過眠だった)

1ヶ月くらいこの状態が続き、10キロ近く体重が減った。

 

地獄だった。

この苦しさが続くなら死んだほうがマシだと本気で思った。

こんな苦しさがこの世にあることが信じられなかった。

 

こんな状態でも、私は、まだ、うつ病になったこと恥ずかしい、隠したいと思っていた。

 

当時、大学寮に住んでいたので到底隠すことは無理だったのだが、寮の後輩などに廊下で会うと平気なふりをした。

 

「恥ずかしい」から「この苦しさを分かってほしい」に

しばらくして、どん底から抜け出すと、軽いうつの波を繰り返すようになった。

 

そのころから、私の気持ちに変化が生まれた。

「うつ病になって恥ずかしい、隠したい」と思っていたのが、何度も繰り返すうちに「だれか、この苦しさを分かって」に変わってきたのだ。

 

私は、先生に、友達に、母に、思い切ってうつ病のことを話した。

みんな「大変だね。できることがあったら言ってね」と言ってくれた。

しかし、「苦しそうだなとは思うけど、正直なところ、実際にどう苦しいのかは分からない」とも言われた。

 

いくら必死に訴えても、なったことがない人にうつの苦しさは分からない。

私もなる前は分からなかった。

仕方のないことなのだ。

私だってなったことのないガンや、他の病気の辛さは分からないのだ。

それにも関わらず、分かってもらえないという事実がやっぱり少し悲しかった。

 

私がここで苦しんでいること、誰か分かって」

と叫びたかった。

 

他のうつ病患者に会ってみないかと誘われるが、拒否する

そんなとき、学部の友達から、「私の彼氏もうつ病なんだけど、会ってみないか」と誘われた。当時、知り合いにうつ病の人がいなかったから、ぜひお願いすべきだと思った。

 

だけど、どこか怖かった。

一体、何を話せばいいのだろう。負のエネルギーが衝突しないかな、などと考え、なかなか実際に会うことができなかった。

 

勇気を出して、自分以外のうつ病の人に会ってみた

それでも、勇気を出して、友達の家でうつ病の彼に会ってみた。

 

話しやすくて優しい人だった。うつ病についてのいろんな知識や対処法を教えてくれた。

 

何よりよかったのは、苦しさに共感してくれることだった。そのことが素直に嬉しかった。1人じゃないということがこんなに心強いと思わなかった。安心できた。

 

そのときから私は、うつ病の人同士のつながりを大切にし始めた。

「脱・うつ病コミュニティ」を始める

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それから何年も経て、私は脱・うつ病」を目指すコミュニティを作った。

書くことでうつはよくなる」をテーマに1人1人課題をこなし、うつを改善していく。

 

「書く」という一見孤独な作業も、コミュニティに属することで、いつでも仲間と相談し合える。

 

また、うつ病についての知識や症状などを共有でき、当事者しか分からない辛さを吐き出すことができる。

 

落ち込みが軽くなった、少しやる気が出て来た、など報告し合うことで互いにいい影響を与える。

 

その結果、うつが軽くなり、人生がいい方に向かい出したという喜びの声を聞くことができている。

 

コミュニティで活動した人たちからの嬉しい声

コミュニティに入ったことで、「脱・うつ病」に向けて前向きに取り組め、現状が見違えるほどよくなったという嬉しい報告を受けている。

 

「希望が見えるようになりました」という声が何よりも嬉しい。

 

1人ではできなかったことが、みんなだとできる。

1人で悩まなくていい。

コミュニティ自体がメンバーの希望になっている。

 

うつ病で悩んでいる方へ

みんなで手を取り合う写真

私もいつもそうだったのですが、つらいとき1人でいると、悪い方へ悪い方へと考えてしまいがちです。

 

また、信頼できる家族や友人がいたとしても、うつを経験したことがなければ分からないこともあります。

 

私の運営する「脱・うつ病コミュニティ」では、同じ病気を経験している仲間と助け合いながら、「書く力」を使ってうつを改善していきます。

 

またコミュニティについても詳しくご紹介します。

 

では、今回はこのへんで。

 

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